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2020年10月7日水曜日

リパライン語とエクリチュールの企み(序)


エクリチュールと◯◯

最近、内田樹さんの『街場の文体論』を読んだ。この本は著者の最後の講義の講義録らしく、『レヴィナスと愛の現象学』と『他者の死者―ラカンによるレヴィナス』に続いて読んだ三冊目の本であった。この本で扱われているバルトのエクリチュール論に関してブログの記事で読んだことで興味を持って買ったのであったが、レヴィナス愛が勝って『倫理と無限―フィリップ・ネモとの対談』まで手に入れているうちに読むまでに時間がかかってしまった。

やはり面白かったのは第七講「エクリチュールと文化資本」、第八講「エクリチュールと自由」であった。エクリチュールとはフランス語で「書かれたもの」の意であり、バルトがテクストを構成する言語を三つの層で説明したうちの一つである。一つがラング(言語)、もう一つはスティル(文章的選好)である。エクリチュールは「社会的に規定された言葉の使い方」であるらしい。ラングとスティルは個人が選択することは出来ないが、エクリチュールには選択できるものの一度選択すればその檻からは出られなくなるという性質がある。

気づき

これに関して読んでいて、自分のリパライン語創作を見返して思うことがあった。


これまで、悠里の言語創作で作られてきたものはラングもしくはスティルであった。この二つは選択できないものだ。規則化され、近代的理性において整理された言語――ラングの創作という段階はもう私の中では陳腐化した(とはいえ、終わったわけではない。Lineparine Disocordがあるということは、問題は山積しているのである)。スティルは作者の歴史的経緯から素朴に作られてきたか、悠里ではあまり焦点を当てられなかった。そもそも、スティルの次元は言語創作というより、「創作世界内の文学」創作へと舵を切っている。異世界の文学創作には十分興味があるが、今ここでは取り上げない。

リパラオネのエクリチュール

私が目指してきたのは「リパラオネのエクリチュールの確立」だったのではないか、というのは上のツイートの引用で述べた。何故、そういう経緯になったのか。それはさまざまな個性的なエクリチュールに対する憧憬であった。無批判的なミーム的広がり、思索的親和性、関心。それと対照に「リパラオネ的」という観念には殆どそういった焦点が向けられてこなかった。実際にリパラオネ的なものが具体的に個性的にどのように存在してきたか、そもそも個性的なものがリパラオネにあるかという疑問は常に自分の中にあった。バルトを知って、ここに来てリパラオネのエクリチュールへの方法について考えたくなったわけである。
もちろん、英雄叙事詩や神話類型論、フレイザーなどを読んできてリパライン語独自の文体と文学作品を確立しようという目標もある。これはリパライン語の多岐にわたる栄養となるだろう。そして、私は元々自分が持っていた「リパライン語とは何なのか」という問いに答えることになると信じる。

沸騰するエクリチュール

まず、鍵となるのはエクリチュールに対するバルトの態度である。バルトはマルクス主義的な立場に立って(当時のフランス知識人がマルクス主義的な思考をするのは珍しくなかった、サルトルやメルロ=ポンティを見ていると良くわかる)、エクリチュールを階層の再生産装置と見なした(らしい、原著をまだ読んでないのだ)。内田さんのブログでは以下のように書いてある。

ある社会的立場にある人間は、それに相応しい言葉の使い方をしなければならない。発声法も語彙もイントネーションもピッチも音量も制式化される。
さらに言語運用に準じて、表情、感情表現、服装、髪型、身のこなし、生活習慣、さらには政治イデオロギー、信教、死生観、宇宙観にいたるまでが影響される。

スティルでもラングでもなく、エクリチュールを対象に選ぶのはまずもってこれが所以である。「リパラオネとは何なのか」という問いに答えること、それはリパライン語のエクリチュールの創造によって果たされると内田さんの著書を読んでいるうちに考えるに至った。バルトの著書『零度のエクリチュール』の目的の一つは、エクリチュールを階層の再生産装置と見なして、それを零度化(階級の再生産装置たらないエクリチュール)としようとすることであった。私はこれを逆手に持って、独自の階層としての「リパラオネ」のエクリチュールを見出すことに用いる。零度のエクリチュールではなく、沸騰するエクリチュールを目指す。



この「リパライン語とエクリチュールの企み」という悪巧みが目的とするところはそういうことである。

2020年7月27日月曜日

リパラオネ近現代文学について

 リパラオネ近代文学を準備したのは詩韻文復興運動とフィメノーウル的教法文学という二つの潮流であった。イフトーン時代前期までの韻散文学の時代(セスティニル)が近現代文学へと変化し、散文文学の時代(ロスクヴェッリヴィル)へと変化する最後の境界線である。

 詩韻文復興運動は16世紀のエスポーノ・ドーハによるスキュリオーティエ叙事詩の翻訳に始まる。エスポーノ・ドーハの懐古主義的著作を中心に、ナショナリズムの時代に近づくとともに詩韻文復興運動が始まった。14世紀に起こったヴェフィス市民革命以降、ナショナリズムは言語文体にも影響を与えた。リパラオネ圏ではそれまでのラネーメ文学に範をとった中世までの文学から、「純粋にリパラオネ的な文学」の再興を目指したものが詩韻文復興運動であった。関係する文学者はエスポーノ・ドーハ、スカースナ・トゥリオイユなどである。
 これに反して、スニーオーヴェイノ以降の散文的伝統を継承したのがフィメノーウル的教法文学であった。フィシャ・トゥスティナフィス・フェレサファなどは市民革命以前のリパライン語の文学伝統を破壊し、無思慮に古い詩の体系を持ち込み、粗野で崩れたリパライン語を文芸作品として広めているとして非難していた。フィメノーウル的教法文学は前の時代のサルシュナース文学のテーマを継承しながら、リパラオネ教法学的な世界観や倫理観を作品に映し出す教法文学として発達していった。

 詩韻文復興運動は17世紀に入ると当時荒廃していたクローメを再建することによって伝統的な詩学院の機能と権威の復活を目指した。これにはナショナリズム的な意図が多分に含まれていたが、詩韻文復興運動の行く先に大きな変化を与えることになる。
 17世紀復興運動の主役となったのは三つのクローメであった。
 まず、世界最初のクローメであったクローメ・フォン・ブラーデン・アルヴェルクトゥス(Klorma fon blarden alvelktus/KFBA)である。KFBAはもともと荒廃していたわけではなくこの時期に至ってもある程度の権威を保っていたが文学的ナショナリズムを受けて陰りを見せていた人気が再度復活した。これには特に次に述べるルティーセ詩学院を復興する自主運動の影響が強かった。ジェパークローマはフィシャ・ユミリア(fixa.iumilija)である。
 次にリパラオネ六名家によるルティーセ詩学院(lutirce'd klorme)である。ルティーセ詩学院は1654年に中世の名門魔術学院と併合されてルティーセ学院大学として解消されていたが、復興運動に共感する学生と教師たちが大学の内部で自主活動的に再建された。ジェパークローマはヒンゲンファール・ヴァラー・ユトゥザフ(hinggenferl valar ytusaf)である。
 最後にシェルケン系詩学院であるヴァルトルとファラヴェのクローマたち(klormass fon valtoal ad falave/KFVF)である。KFVFは再建されたものではなく、1411年にリパラオネ人知識人フィシャ・カルティヤ(fixa.kaltija)によって設立された「現実における国際リパラインの豊かな利用者による改善連合:サラリス」(Cierjustel Acca Luserss Aduarneo la Lipalain Ispienj Cirlavenj : CALALIC)から排除されたxelken.valtoalのメンバーが言語ナショナリズムに乗じて独自に設立したクローメである。ジェパークローマはシェルケン・ヴェンタフ(xelken.ventaf)である。

 この三つのクローメはスキュリオーティエ叙事詩に対して、それぞれ大きく異なるアプローチを取ったため、それらが後に復興運動の分裂の原因となった。
 KFBAは素描派(vaskyli'ergera)またはユミリア主義(iumilijavera)、ルティーセ詩学院は引用派(diravera)またはユトゥザフ主義(ytusafera)、KFVFは形式派(celavera)またはヴェンタフ主義(ventafera)と呼ばれる文学思潮を主導していた。

 素描派はスキュリオーティエ叙事詩の物語の筋に焦点を当てた。世界で最初のクローマの伝統を次ぐものとしてフィシャ・ユミリアが指し示した詩学指導の方針はスキュリオーティエ叙事詩をひたすら暗唱し、話の筋まで暗記させることであった。そうして暗記させたスキュリオーティエ叙事詩の話の筋を模写するよう、或いは改作するように詩作をさせた。ユフィアやフェヴィア、ハルタンなどの登場人物はそれまでそれほど有名ではなかったが、素描派の文学によってこの時期から語法などに定着するようになっていった。17世紀復興運動の中では最も保守的と見做されている。
 引用派はスキュリオーティエ叙事詩の文章を引用して、詩やスニーオーヴェイノを作ることを中心として活動した。ルティーセ学院はアレステーゼ(alesterse)、アカデミス(akademic)、ブラーデン・アルヴェルクトゥス(BA)を標榜していたため、詩学院が進める文学の活動を進歩的で啓蒙的なものとすることを目指していた。ヒンゲンファール・ヴァラー・ユトゥザフはドイツ詩の定形Glosseのようなスキュリオーティエ叙事詩の一部を引用し、詩の中のテーマとして繰り返す定形としてロフテル詩形を確立している。17世紀復興運動の中では前衛的で進歩的であり、それ自体は保守的な復興運動の中で唯一スニーオーヴェイノを認めるなど散文への理解も見られた。
 形式派はスキュリオーティエ叙事詩を至上のものと見なし、それを手本とはするものの引用や改作、模写をすることをタブーとした。形式派が求めたのは沿うべき文学的形式となった。ここでシェルケン・ヴェンタフが取り上げたのがスキュリオーティエ叙事詩やエスポーノ・ドーハの詩の形式であった。スキュル詩形に沿って作られた詩は元々保守的であったKFVFの方向性を様々に分裂させた。リパナス的なリパラオネ民族主義を中心にリパラオネ民族を肯定的に捉えようとした形式派歴史主義(celaveranasch philifiarvera)、レシュト的な政治改革運動を文学に表そうとした形式派レシュト主義(celaveranasch lextera)、チャショーテ的な革命哲学を詩によって表そうと考えた形式派革命主義(celaveranasch xolera)などに分裂していった。

 同じく17世紀においては散文文学も変化が生じていた。フィメノーウル的教法文学はナショナリズムと17世紀復興運動の影響を少なからず受けていた。サルシュナース的教法文学の先鋒であるフィシャ・トゥスティナフィス・フェレサファはこの運動を「伝統的文学の俎上に上げられたものとしてのリパラオネ民族主義」と呼び、民族主義やナショナリズム的な文学の構築を目指した。
 1655年、レシュトの内部抗争が終わり、リパラオネ連邦共和国が成立。第一次国家統一戦争(1te elm fon homeen-assio)へと向かう中で変化していく社会、思想、政治は文学に強い影響を与えてきた。この中でフィメノーウル的教法文学に強く影響したのは宗教的意識の変化であった。それまでヴェフィス人がリパラオネ教社会の中で少数派として信仰していたフィメノーウル信仰に対して、ADLP以降のリパラオネ教社会は異端の信仰として弾圧を深めていった。これに対して近代においては市民革命による最高尊厳(vasprard)概念の確立やナショナリズム的歴史学におけるピリフィアー紀元前4465年のサーム講和条約の再認を通してフィメノーウル信仰はより中立的な視点を持って触れやすくなった。ヴェフィス人がリパラオネ人に含まれることからもフィメノーウル信仰がリパラオネ性に近づく一つの道として認識された。サルシュナース的な異国趣味を残しながら、近代へと向かうリパラオネ散文文学の方向性を定めた。

 詩学の形式主義・創造主義論争は17世紀から始まっており、言語表現に形式を課すことによって言語表現が修辞的表現を得て更に文学的な価値を得て前進するとする形式主義(akrapsverlergera)と詩人の感性による創造性が詩の形式を呼び寄せることによって形式は成立するだけであり形式自体が先にあるわけではないとする創造主義(lojera)があった。引用派や形式派は形式主義を支持し、素描派は創造主義を支持した。
 散文作家たちの大半は形式主義に基づいてその価値を利用して散文が生み出されるという考え方を採用した。形式主義を強く志向する作家は意識的に17世紀復興運動が生み出してきた表現を散文に引用した。これによって18世紀の散文文学に繋がる詩語文体が形成されていった。アレーナ・デーリエ(Elaina d'Ailie)などの散文作家の一部はそれに対して創造主義を主張した。創造主義散文文学は詩文学の特権性を否定し、散文自身が価値を生み出すために詩的な文章の伝統を取り除く前衛的な文学になっていった。

 18世紀に入ると、1722年の第一次国家統一戦争、1735年のレアディオ・ブルミッフェル戦争などリパラオネ圏全体を巻き込んだ総力戦によって文学は発展を阻害された。リパラオネ連邦共和国を中心として、チャショーテ的な考え方が主流となった。そして、圧政機構的な政府の検閲によって娯楽的出版物は読みやすい散文が主流となっていく。ラネーメ民族主義的ラネーメ人であるラディールゲーと土着的ラネーメ人であるパイルターファが対立を始め、リパラオネ民族主義の煽りを受けてフィメノーウル的教法文学もフィメノーウルがラネーメ的であることから敬遠され、Xelkenによる大規模テロによって保守的な文学自体も敬遠されるようになった。この頃からそれまで文学は文学自体の美を楽しむものではないと考えられていたのに対して、そうではない「純文学」(flan krantie)という概念が生まれた。
 Xelkenによって伝えられたハタ王国像がファイクレオネで変化して生まれたスカメイ伝説はこの頃のリパラオネ文学には取り上げやすいテーマであった。形式主義散文作家と創造主義散文作家の対立はまだ続いており、創造主義散文作家はスカメイ伝説を取り上げ様々な前衛的な文章実験を行った。その派生として生まれたのが伝統から距離を置きながらも大衆に受け入れられ楽しまれた「大衆文学」(alfal krantie)という概念であった。スカメイ文学は大量のユーゴック語借用語がリパライン語に定着する最初の一歩となった。
 一方で形式主義散文作家は17世紀的な復興運動の匂いを残していた。詩語文体で6~8世紀に流行った詩のジャンルであるヴェーリェストライジア(verliestraisi'a)を模倣し、叙情詩的で恋愛を内容の中心としながらもスキュリオーティエ叙事詩に登場するようなヴェフィサイトが主人公となるスキュルストライジア(skylstraisi'a)というジャンルが興った。

 19世紀以降はレシェール・ヴェンタフを始めとする近代思想家たちの時代に入ってゆく。近代法制、volciへの批判、比較言語学や人類学、考古学研究の発展は文学に様々な影響を与えていった。これを特に受容したのは伝統の継承者であり、純文学の表現者を自認する形式主義者ではなく、創造主義から生まれた大衆文学の表現者たちであった。1995年にターフ・ヴィール・イェスカの哲学書「統一と解消」が発表されると主体的統一を文学批評に応用したイェスカ主義的詩学が生まれ、形式主義・創造主義論争は鳴りを潜めた。イェスカ主義詩学では形式と文章は相互に影響を与えあっているとして形式主義や創造主義という区分自体がナンセンスだと切り捨てた。
 こうして形式主義と創造主義から生まれた「純文学」と「大衆文学」は骨抜きになりながらも亡霊のように現代リパラオネ文学に引き継がれている。

2020年2月16日日曜日

現代標準リパライン語の複数語尾に関して

考えていたことをそのまま書いているので大分ごちゃごちゃな文章になっています。



最近、複数(と、以下で書くのはリパラオネ語族の用語で厳密には「多数性」だが)に関して思うことがあったのでまとめて書き残しておく。

そもそもこの話で思ったのは、現代標準リパライン語での複数語尾が何故-ssなのかということである。古典リパライン語の複数語尾は-sである。

まあ、本来リパラオネ語族には複数語尾なんてものは無かったのかもしれない(以下にリパライン語以外の複数の表し方を調べて書いてみる)
ヴェフィス語で複数を表す方法は専ら形容詞 jais 「多くの」の変化形であり、複数のための語尾は存在しない。
現代フラッドシャー語では代名詞では-sが元となった複数形が存在し、普通名詞の複数語尾の元は*-eusらしい。おかげで単語がウムラウトする場合がある。

この jais は語源が jer 「食べる、食べ物」らしいからよくわからないが、フラッドシャー語における複数語尾のもとである*-eusだとか標準現代リパライン語の-ss、挙句の果てには古典リパライン語-sまで元々は jais, jer のような単語だったのではないだろうか。
すると、リパラオネ祖語の複数語尾は *-s ではなく元々 *[j]eus みたいな形であり、ヴェフィス語ではfi型形容詞変化の単語として基本形が jais として扱われるようになっていった(から、元々はjeusみたいな形なのかも知れないけど)のかもしれない。ヴェフィス語jが理語/dz/の音素になっているのは古理語からの変化時に生じたものであり、eの前にjが生えるのは……
まあ、ただここらへんの話は一番最初の話とは関係ないのだ。

脱線したお話をレールに戻そう。
恐らく、古ユナ・リパライン語(現代標準現代リパライン語の前身)において、複数語尾は元々は -s だったのだろう。
仮説として、-s語尾の単語に緩衝音が付かない状態で複数語尾が付いたものから、類推で-ssという語尾が成立したというものが真っ先に思いついた。しかし、集計してみると現代標準リパライン語で-s語尾の単語は全体の8.5%しかないのでこの説は採用し難い。
というか、-ssは/s/で-ssVが/szV/であることも重要なことだ。-ss /s/の形がやはり基本形に思える。
名詞語幹と格語尾或いは緩衝音に挟まれたときに有声化すると語幹と区別しづらくなるからだろうか? -/sz/-になって複数という形態的な部分と有声化という音声的な部分をどちらもはっきりと残すことと聞き間違えバッファを伸ばすためにこうなったとかは考えたが、どうもしっくり来ない。

2018年8月28日火曜日

理語の数詞は長い

確かに、 理語の数詞は長すぎると思っていた。ただ、今まで使っていたpanqaシリーズも残しておきたい。一応以下に考察する数詞は学問・通信分野などで使われるものとする。あと方針として出来る限り一音節にする。

1)現代理語 -qaを抜いてみる
どうやら現代理語のqaはfqa(これ)らしい、詩語や方言ではqarだったりするので

0, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9
iu, pan, qa, deu, iup, neo, xant, xen, lek, fent

3はdだけでは発音できないので、-euがつく
xantはqaとの間の-a-を緩衝母音と見做したもの(PL *zjənkteなので違う)
fentも同じように(PL *fniə̃nteだし、蒼はeなので違う)

xantとxen, deuとneoが間違えやすそう。

2)ヴェフィス語から借りてくる
nu, un, tu, jor, fo, fa, ceci'e, xene, et, fente

neoをfaには出来るが、xenはxeneにして一音節に出来ないので良くないが、まあniner(9)とかもあるし、ええやろ。

iu, pan, qa, deu, iup, fa, xant, xene, lek, fent


《小数》
航空管制とかでも~point/decimal~と云うので、larlを使えばいいと思った。

3.14159265359
deu larl pan iup pan fa fent qa xant fa deu fa fent
198.35
pan fent lek larl deu fa

まあ、ここらへんで悠里勢に見てもらおうかな。

《panqaとpan qaが紛らわしい》
悠里勢からpanqaとpan qaが紛らわしいと云われたのでヴェフィスからtuを借用してくることにした。

iu, pan, tu, deu, iup, fa, xant, xene, lek, fent

2018年1月28日日曜日

20180128造語

造語依頼「ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テナー、バリトン、ベース」に関して。

slack:
fafs「造語依頼で、「ソプラノ、アルト、テナー、バス」って来てたんだけど文化依存っぽいよな」
j.v.「「理論を立てたのはラネーメだが、ラネーメ文化圏ではあまり広く行われず、むしろ混声合唱といえばリパラオネである」とかもありうる説だなぁ
説「ラネーメにおける純正律の考察はあくまで数学的な側面を論じたに過ぎず、実際に花咲いたのはリパラオネにてである」」
fafs「ケートニアー/ネートニアー・男性/女性・高音/低音って分類にしたいね声域区分」
j.v.「ふむふむ(声域違うのかねケートニアーとネートニアー)」
fafs「組織の配置とかの違いで音の響きに影響が出ると思った。」
j.v.「「片方の性ではケ/ネの差はあまり見られないが、もう片方の性では見られる」説を突然思いついた」
fafs「やばそう, 市民団体「片方の性だけケ/ネ分類するのは差別的だ!」
みたいのが起きそう」
fafs「元々三声(ソプ・アル・男声)→男女四声→ケ/ネの違い・性別との対応が分かってくる、六声→市民団体、共産党による圧力八声みたいな流れか……?」
fixa.siertija「八声も発生するのエモい、ケ/ネ差は高低だけでなくモンゴルのホーミーみたいのを(例示)いとも容易く発声出来るようなオプションも可能かな」
fafs「ウ ェ ー ル フ ー プ 歌」
j.v.「や ば そ う」
f.s.「喉の中の気体を操作するのかな(ただし下手すれば呼吸が死ぬ)」
fafs「命がけの合唱とかヤバそう」
j.v.「s軸方向の振動、とか?」
fafs「s軸方向に一旦気体や響きを置いておいて、入れ替えて凄い発声とかしてそう。」
f.s.「._人人人人人人人人人人_
.> ケートニアー現代音楽 <
. ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄」

まとめ:
  • 純正律はラネーメ人が数学的な面で発明したが、リパラオネで発達した。
  • 元々はソプラノ、アルト、男声の三声だった。いずれ、男女四声になり、片方の性別でのケートニアーとネートニアーでの響きの違いが分かってきて六種類に分類されるようになる。市民団体や共産党の教育方針により、全性別でケートニアー・ネートニアー分類が導入され八種類、メゾが入り3*2*2で十二種類になる。
  • ウェールフープを使って体内の状態を変化させて歌う特徴のある歌、「ウェールフープ歌」というものがある。

造語:
 「ソプラノ」、「アルト」、「男声」
最初にあったものだし、単純語になりそう。古代リパラオネ圏におけるコミュニティは、リパラオネ教のコミュニティだろうし、神族の名前とかから取ってきたりするのが良さそうかなと直感的に思った。
ソプラノはbelche、男声はberxaに当てよう。アルトはbelcheの側部というイメージで、tasをくっつけてbelchertasでいいだろう。

「テノール」、「バス」、「女声」
後世になって出来た分類なので高低でいいだろう。音階の高低は物理的高低と逆なので、テノールはberxavins、バスはberxajipにしよう。女声も後世に出来た分類になるので、ytartaに女性名詞語尾-khを付けたytartakhにしよう。

「ケートニアー……」、「ネートニアー」
「ウェールフープを使う」という意味の接辞welf-がある。ケートニアーを有標にして、ネートニアーを無標にしようと思ったけど、そこまで明白な数の差ってのはなさそうなのと、結局ネートニアーをいずれ有標にすべきときも来るだろうから「ウェールフープを使わない」という意味の接辞nielf-を作った。これらを使う。

女声 ytartakh
ソプラノ belche
ケートニアーソプラノ welfebelche
ネートニアーソプラノ nielfebelche
アルト belchertas
ケートニアーアルト welfebelchertas
ネートニアーアルト nielfebelchertas
男声 berxa
テノール berxavins
ケートニアーテノール welfeberxavins
ネートニアーテノール nielfeberxavins
バス berxajip
ケートニアーバス welfeberxajip
ネートニアーバス nielfeberxajip

造語依頼「即値、イミディエイト」

即値って結局直接書かれた値のことだよね。リテラルと何が違うのかと思ったら、こんな記事が出てきた。

qune: そういえば即値とリテラルのこと http://qune.cside.com/archives/001743.html

高級言語の定数値がそのままアセンブリの命令における定数値になるわけじゃないから言い分けているらしい。アセンブリの命令で定数値になるものが即値ってわけね。とりあえず同じにしないでおこう。
「そのままで」という意味の単語がfeanなので-erlを付けて名詞化しよう。

造語依頼「間接参照」

引数の指しているメモリの番地に飛んで云々ということよね。英語のindirectionは「遠回し」という意味らしい。最初の引数が看板の役割をしているからaceloを使いたいがそのままでは誤解を生みそうなので-ustを付けておこう。

造語依頼「ディスプレイスメント(基準からの変位量、オフセットの違いは変化する単位があること)」

調べたがよくわかんなかったのでj.v.に後で訊く。

造語依頼「オフセット(基準値から最小単位で表した変位量)」

特定の絶対アドレスを表すために、ベースアドレスに加えられるアドレスの数。とか書いてあったけど、特定の基準を決めてそこからの距離のことらしい。
「(数値)に至る」という動詞luni'aがあるのでこれの-erl形を文語使役態celを付けたcel luni'aerl(至らせるもの)を語源として短縮したcelluni'eを採用しよう。

造語依頼「符号拡張(最上位ビットをコピーして必要なビット数まで拡張する)」
ここを参照した。符号である最上位ビットは補数だろうがなんだろうが結局0を表しているんだからそれで拡張すれば問題なくね?ってことか。ゼロ拡張ってことじゃん、って思ったけどゼロ拡張は別であるらしい(補数だろうが普通の数だろうが単純に0で埋めること)。
「広い」という意味の形容詞kiniesがあるから、これの-ustで派生した単語kiniesustを「拡張」という意味にしよう。おとなしく「符号」akraptの形容詞形akraptenをつけて完成にしておこう、と思ったがこのakraptは記号の意味だから違う。diun-(先頭の)という接辞を作ったのでこれで派生させよう。

造語依頼「ゼロ拡張(足りないビットにゼロを補ってデータ幅を増やす)」
さっきのやつやんけ。iu-r-lus-en(ゼロを使う)を使って同じようにしておく。

造語依頼「16bit幅のデータサイズ名(mejとlysolassの中間)」
lysolassの半分だから、-xiaで派生できそう。まあ長過ぎるかもしれないのでアレだけど。

造語依頼「MSB 最上位ビット」「LSB 最下位ビット」
左がrestut、右がtesnokなので「最も」を表す前置辞pask-を付けて、場所を表す接尾辞-alを付けてpaskrestutalとpasktesnokalでいいや。

造語依頼「エンディアン」「リトルエンディアン」「ビッグエンディアン」
語源が、ガリバー旅行記らしい。エンディアン、バイトオーダー、バイト順とも言うらしく、データを大きい方から並べるか小さい方からかとかそういうことらしい。leijues「並べる」を-elで派生させてleijueselでエンディアン、リトルエンディアンはvletwalen leijueselにしたい。槍先は尖って鋭いが持つ所までになってくるとある程度太くなってくるから。ビックエンディアンはどうしよう。絞るイメージだからcuturletosti leijueselでええやろ。

造語依頼「アドレス空間、アドレスとして取りうる値の範囲」
setivalen celnirfeでいいと思う。

造語依頼「実効アドレス(間接参照で用いられるアドレス)」
間接参照の最初の引数が表すアドレスのことだな?看板(間接参照)の中身ということでacelo「看板」とuies「中身」をくっつけよう。

造語依頼「リニアな(範囲のアドレス値が連続している)」
調べたがよくわかんなかったのでj.v.に後で訊く。

結果:
即値、イミディエイト feanerl
間接参照 aceloust
ディスプレイスメント ?
オフセット celluni'e
符号拡張  diunakrapten kinieses
ゼロ拡張 iurlusen kinieses
16bit幅のデータサイズ名 lysolassaxia
MSB 最上位ビット paskrestutal
LSB 最下位ビット pasktesnokal
アドレス空間 setivalen celnirfe
実効アドレス acelorvuies
リニアな ?

2018年1月22日月曜日

「雲母」

「雲母」……中国で原産地が山中の雲が発生するところであると考えられたために「雲が発生する母なる地」として雲母と呼ばれるようになった(ソースが不安なため、民間語源の可能性あり、下記にあるサンスクリットの単語には雲の意味があり、これが関係した可能性もあり。)

「きらら、きら」……画材として砕いた雲母のカケラはキラキラと輝くため、雲母が多く産出される地名にはこれにちなんだものがある。

"mica"……ラテン語のmicare(輝く, mico<PIE *meyk-「ちらちら光る」)の類推の影響を受けて、mica(くず、かけら、小片、粒)から、此れ自体はさらに遡るとPIE *smeyg-(OEDには*smik-って書いてあった)(小さい)から来ているとされている。

"glimmer"……大体ゲルマン系はこういう語形らしい。元々は「(ちらちらと揺れて見える弱い)かすかな光,微光, きらめき」の意。エスペラントのglimoもたぶんこれやろ。

"слюда"……スラブ系は似たような語形が多い。これはロシア語。語源はよくわからん。

"kiille"……"kiiltää"(光る、輝く)という動詞に語尾-e(形式名詞をつくる語尾)が付いた形。エナメルのことも表すらしい。

"अभ्रक", "अभ्र"……サンスクリットにおける雲母、テルグ అభ్రకము(abhrakamu)やベンガル অভ্র(obhr), ヒンディー अभ्रक(abhrak), カンナダ ಅಭ್ರಕ(abhraka), マラヤーラム അഭ്രം(abhram), パンジャーブー ਅਬਰਕ(abaraka), ウルドゥー ابرق(abrak)と同根と思われる。abとbhra(水の運搬者)から出来た合成語であり、原義は雲っぽい。医療用途としての雲母がこの単語で表される。
tsésǫʼ……ナヴァホ語、「星の石」の意。

μαρμαρυγίας……例によってギリシャ語、「(金属の)輝き」の意の動詞から派生した。


2018年1月21日日曜日

カムツ語解読(できません)#4


以下のは雑記・考察ログです。すでに変更・更新された過去の設定などが数多く含まれている可能性があります。

ツイッターの投稿を見てみるよ

確実な情報が欲しいので

>nu, imi amu kamtu beno.はまあ分かりやすいな。「あ 私 思う 言葉 今」
>"ns looo wor ama yo mi nya kit wic"、nsがなんでこんなところにあるか良く分からんな、loooは1000だろうな「ns 1000 の ama yo mi に kit したい」, 訳が「見てほしい」なのでkitは「見る」だろうか。ama yo miがそれぞれ分からない。

>raknこそありがとうである気がする。
>kit「見る」で確定。
>二文目「私 名前 を hovirus」、ま さ か"hovirus"は「書く」とかそういうあれなんですかねえ……。#1-13のhovirusが「書く」だとしても割と意味が通る。ううう……(死亡) "yomi hop Kamfotu be nyo ram rus/ douga? ns komerann? nyo hovirus"は「(あなたたち?) (望む) be に 続く 下 動画 の コメント欄 に 書く」っぽいな。beは何だろうと思ってコーパスから探したが、be-necnomが出てきた「呪術-師」、もしかしてbe-の方が行為者名詞を表すのではないか?
>be-necnomが呪術師だと思って、be-kitだったら「見る人」になるのかと思ったら、そういえばbekitって「城」じゃん!!!!(驚いて変な声が出てきた。)
>be-、英語の-er/orに当たるくらいの解釈で良い気がする。bekitは[見るところ]で「城」、betu-nokiは[地-者-名]で「姓」とかかな。ともかく語の派生に関わっている気がする。
>raknが「ありがとう」であることは大体明白なので、"ama yo mi"が「みなさん」に当たっている可能性がある。一番上記の文は「ns 1000 の みなさん に 見る したい」になる。使役の標識はどこだ(無標か), #1-1は「はい 皆さん 今 に 初めて nus (会う) mi」という感じで段々読めてくるな?
>hoviはエスペラントのkajみたいに並列でも文を繋げるのでも使いそう。「みなさん したい cvi ra そして fnom 今」って感じだろうか。

>hoviって本当に接続詞か?

>fewは新しい、かな。


2018年1月20日土曜日

カムツ語解読(できません)#3 辞書だぞ

以下のは雑記・考察ログです。すでに変更・更新された過去の設定などが数多く含まれている可能性があります。

〝カムツ語 ‘ram’ についての考察〟に先行研究に挙げられたよ!
@deinotaton氏、ありがとうな!

文字起こしも出来ているみたいだ。
Pomodao氏の労力に敬意を。

あ、ちなみに(自分用でクソだけど)辞書作ってるよ。PDIC/Unicodeというソフトで使えるよ。もしよければどうぞ
https://drive.google.com/file/d/1mP2sR3ilqYaiUjnR01aLIX6hfbGyL6g5/view?usp=sharing

カムツ語研究はまだ始まったばかり、こうしちゃいられねえ!

『小さい枠のアムフォ【#1】』を見てみる

#c1
1."amarus mi rus"

2.amarus nya mi rus
原に生うる草の

3.tu wor ram fotu nya
地を流れる風に
>ramがありますね、興味深い。上記の説を参考にすると「地にそって流れる」という言明示にそっくり合うように思える。
>fotuはすると風っぽいな。関係節を作る時は特に動詞の形態が変わったりしないでそのまま続くらしい。古理語の最古の形みたいだ。
>nyaは辞書には「主格の後置詞?」と書いてある主格でも意味が取れる気がする。
>「地? を つづく 風 は」か。
>kamfotuってそうなると「言葉の風」みたいな意味か。

4.fra nono omo fun[fan] faw
ゆれ いって かえって やがてもとに
>fraとかfun fawは擬音っぽい。それ以外は不明。

5.imi hyu amu uno n
わたしはそれに喜びを感じる
>hyuって本当にコピュラか?実は主格の後置詞で、コピュラは基本無標とかそういうんじゃないの?それじゃ実質コピュラだって?知るか。
>amuは思う、nは割と語尾を整えるために置かれると思っている。するとunoは「喜び」ということじゃないかな。#1-6には"amu hovi fo ram amu-fo n"という文が出てきているが、"amuとfoでamu-foになる(うん)"みたいな言い方をしているため、あまり意味に関係しなさそうなのだ。
>コピュラとamuが並んでいるとしたら、時制とか相を表しているわけ?

6./hara i ou ruksa/
(不明、動画末尾で字幕が出ていない)

『高い城の音楽 それとお便り【#2】』を見てみる

#2
uno ems kamfotu wor com !
お便りありがとうございます!>kamfotuは「手紙、便り」で決定っぽいな。
>「喜び ems 便り を com」か。「ありがとうございます」は"uno ems"に当たってるのかな、それとも"uno"だけで感謝を表すことが出来るとか?

『アムフォとそのゲーム実況【#3】』を見てみる

#3
tim wor Kom ram emt imi kap nec?
夕焼けが早く感じられるのは、私が楽しんだからでしょうか?
>「tim を Kom なる emt 私 kap nec ?」、あまり分からない。
>komとcomってもしかして転写違いなだけで同じ単語か?音声が無いと分からん。
>timはTimeだと思うし、komはkommen……嘘、comeだと思ったりした

高い城とさんぽとお茶と【#4】を見てみる

beno kom fotu hyu ram tu hovi minoki
おだやかな風が今日も吹いています
>「風が吹く」のコロケーションは#c1-3を参照しても分かる通り、ramとfotuが共起している。tuが#c1-3で「地」であると判明している。あとhyuはやっぱり主格後置詞だと思う。#c1-5と同じ用法だ。kamfotuを送るという動作もramで表しているかもしれない。
>"beno"は#1-1, 8, 11で既出。#1-1の用法は良く分からないが、多分その他の二つから「今」という意味だと想像できる。
>"kom"は#3にしか出てきていない。さらなるコーパスが必要。
>「今 kom 風 が 吹く 地 も 名前」
>最後のminokiがなんで入ってきているのか良く分からない、#1-5で「名前」という意味であることは確実だが……?

=後記=
ramって結構抽象的な意味じゃねえのかね。


2018年1月12日金曜日

カムツ語解読(できません)#2

01/12の@iminyaminokikamのツイートなどから

Virtual-Youtuber? ns amu-fo
バーチャルYouTuberのアムフォです

non bekit wor amufo
高い城のアムフォ
>worは単語のクラスによって使い分けるものか、或いは属格の種類でnsと使い分けるのだろうか。nsは最初の文では同格として使っているようだし、worは性質属格的なのかなあ。それともamu-foが「想う風」だからamuが取るためにworである可能性とか、用法が二つある可能性とかでている。

gedo-senki? nya betu nya amarus ru imi inemi tu nyo kam wor amu, bekit wor amu.
ゲド戦記(?)は大地や野に私の生まれた地を想う
【    】を想う
>#1-10.のinemiは確かに出身地を指しているようだ。
>「ゲド戦記? nya betu nya amarus ru 私 出身地 tu nyo kam wor 想う」
>nyaは主格の後置詞か???

imi wor kamtu wor necdi nya
>「私 の 言葉 を necdi nya」

imi hyu omta turam nya ama nos ki wor kit 
uno!
>「私 である これ 言葉 は ama nos ki を(の?) kit uno!」

2018年1月11日木曜日

ミズダ語(カムツ語らしい)解読(できません) #1

以下のは雑記・考察ログです。すでに変更・更新された過去の設定などが数多く含まれている可能性があります。

ある日、人工言語を使ったYoutuber動画というふれでこんな動画を見た。





という訳で対訳と文章化から始めていこうかな。原語文の#.は字幕原文にはない、文参照用の番号だからね。後付けだけど、言語名は仮にミズダ語とでもしておこう。英語だとMizudian? Mizudish? Mizudese? Mizuda?……えいごわからん。

#1

1.ya ama yomi beno nya ine nus kam mi
はい 皆さま はじめまして

2.imi hyu amu-fo
私の名前は アムフォ

3.Youtuber(原語発音) wor ine nc
Youtuber? というのをはじめてみました

4.i yo mi nya amara ki wor wic amu
どうぞ よろしくお願いします

5.imi minoki hyu amu-fo
私の名前は アムフォ

6.amu hovi fo ram amu-fo n
アム(想う)とフォー(風)でアムフォです

7.nu? betu-noki?
え? 姓?
(/tu/は[tsu]に近く聞こえる。)

8.beno tine nontu-mita hyut ems omta fotp n~
もう貴族ではないので姓はないです

9.betu-noki wic ns
姓ほしいですねえ
(/ns/は[nus]に近く聞こえる。)

10.hotu mizuda hyu inemi
出身はミズダ王国

11.beno omra be[bi:] kosom ns kam edoru hoturus ru fic wo kamtu wor ram nyo yomi Nt~
今はそこの北との国境のエドルの街からお送りしています~
(/Nt/は最後の/t/が摩擦気味に聞こえる。)

12.yomi hop Kamfotu be nyo ram rus/ douga? ns komerann? nyo hovirus
お便りがあればここに手紙を送るか 動画?のコメント欄?にお願いします

13.nociho hyu ficram hyu tinetu kamtu ns hovirus kamrus
特技は音楽と 異世界語の読解です。
(nociho hyu ficram, hyu tinetu kamtu ns hovirus kamrus[?])

14.yomi ficram wor wic?
(字幕が付いていない、ここで気づいたがcはnocihoでは[ʧ]っぽいが、ficramでは[k]で発音されているように聞こえる。)

15.Yomi amu wic? amu?
音楽聞きたいですか?
(/amu/は[am]と発音することが許容されるようだ。)

16.fu-nu nom nya ram fic
フフーンじゃあ後でやります

17.tinetu kamtu・・・omta rus ns turam
異世界語っていうのはこの・・・下に出てる言葉のことです

18.nec bec turanom ns ho ns kampas ru tinetu nyo tu ramom ems omtan ns kamtu n
ときどきよくわからない機械や本がこちらに流れ着くんですが
[ramomのあと]そこで使われている言葉のことですね

19.donon hyu be-necnom hyut amara kn!
呪術師は必修なんですが、すっごく難しいん[見切れていて読めない]

20.imi cnom amara rus!
ではまた会いましょう!

21.ram non
つづく

単語解析

imi 私

hyu ~である(繋辞)
>2.も5.も「私の名前はアムフォ」だから多分どちらかがどちらかである。後者はminokiが挿入されてるが前後の単語の変化などはない。10.でも出てるが、「王国 ミズダ である 出身」と考える(NA語順)と、minokiがimiの後に挿入されたことが説明できない。もしかして、無標でリパライン語と同じように前後修飾が可能とかそういう(発狂)

amu-fo アムフォ
>登場するYoutuber本人の名前。

nu? え?

betu-noki 姓
>7.の文の構成から確実かと思ったが、その後の文ではこの単語が出てきていないので怪しいが、再度長ったらしい合成語を使うのを避けて代名詞を使ったかもしれない。ハイフンで繋がれているので何らかの合成語なのだろうか、amu-foも形態素に分けて説明できるあたり、多分そうだろう。9.では同じ語が使われている。

mizuda ミズダ王国
>該当異世界Youtuberの出身地、詳細は不明。

edoru エドル(の街)
>#1における撮影地(?)ミズダ王国の北、国境に接する街。

douga (日本語「動画」の音写)

komerann (日本語「コメント欄」もしくは「コメ欄」の音写と思われるもの)

hotu 出身(?)
>cf. "hyu ~である(繋辞)"、hoturusと関係があるかもしれない。

tinetu kamtu 異世界語
>13.及び17.のどちらにも出ている。それ以外に被っている単語はnsのみだが頻出語だし、こんな短い単語に「異世界語」って語義は付かないだろ(人工言語作者としてあるまじき発言)。

kamtu 言語(?)
>上記の他に18.及び11.に出てきている。11.はなんか用法が違うが長文だから意味が取れない。保留。

tinetu 異世界
>18.にも出てきているが、訳とは違って直訳では「異世界から(こちらに)」と書いているかもしれない。

wic ~したい(?)
>4.及び9., 14., 15.で登場している。4.はnsが後置されており、15.はamuが前に来ている。もしかしたら、14に字幕が付いていないのはミスで、13.のficramが音楽で「yomi 音楽 wor したい」という構成で15.の字幕はこちらに付くべきだった?

ficram 音楽
>上記参照。13のhyuは文が続いているのではなく、ficramの後で一回切れているのではないか。すると予想通り、nociho hyu ficram 「特技 である 音楽」、nociho hyu tinetu kamtu ns hovirus kamrus. 「特技 である 異世界 言語 ns hovirus 解読(?)」という要素に分解できるわけだわな。

kam-*
>kamから始まる語、kamtuは言語、kampasは本、kamfotuは手紙、kamrusは解読で言語に関係する語根なのでは?という説、すると13.は「nociho である 音楽 である 異世界 言語 ns hovirus 解読」となるが、異世界語と解読の間にあるnsとhovirusが謎だ。

minoki 名前
>後から気付いたがminoki(名前)とbetu-noki(姓)は似ている。imiは前置されていた。"imi minoki hyu amu-fo"はこれで完全に読めるようになった。

amu 「想う」?
>「想う」だと、15.が「Yomi 想う したい? 想う?」になる。まさかwicが結構曖昧な概念とか(発狂)

ine はじめる
>「はじめる」では?(cf. 1.と3.)

ns ~の~(属格の後置詞)
>betu-noki wic nsが「姓 したい ns」なのでnsは詠嘆の助詞のようなものか?いや、なんか「動画?のコメント欄?」に対応して"douga? ns komerann?"なんだから属格の後置詞じゃね?あ、後置詞?SVOじゃねえのかよ。いや、SVO言語でも後置詞言語はあるやろ(知らんけど)。ん?てか"tinetu kamtu ns hovirus kamrus"だったら「異世界言語(の)hovirus 解読」で意味通るやんけ?

omta(-*) そこ(その?) ここ(この?)
>nsが属格なら"ems omtan ns kamtu n" 「そこで使われている言葉のことですね」や"omta rus ns turam" 「この・・・下に出てる言葉のことです」もつじつまが合いそうだ。8.での用法は良く分からないし、omtan nsの意味は良く分からないが。

nociho 特技
>cf. ficram

hovirus ?
>hovirus kamrusの節で「解読」を表しているのは分かるが、hovirusの用法がさっぱりだ。12.で「にお願いします」に当たっているのは"nyo hovirus"だと思うが、nyoの意味が良く分からん。"douga? ns komerann? nyo hovirus"が「動画?のコメント欄?にお願いします」に相当するなら、nsが後置詞であるなら、nyoが向格の後置詞かもしれない。それにしても、hovirusは分からない。6.ではhoviが出ていて、kamrusはkam-rusに分解できそうだが-rusがあったとしてその意味も良く分からない。

nociho hyu ficram hyu tinetu kamtu ns hovirus kamrus
「特技 である 音楽 である 異世界 言語 の hovirus 解読」

nyo ~に(?)
>上記参照。

rus 下
>cf. 17、「異世界 言語・・・これ rus の turam」なので多分、この語順なら「下」と解釈していいだろう。そしてturamは「言葉」と。ただ、20.での使い方が良く分からない。12.の"rus/ douga? ns komerann?"が「下の動画のコメント欄」的な意味かと思ったが、どうだろうか。

turam 言葉
>上記参照。

hovi ~と~
>cf. 6.、単語を並列している。

yomi ?
>代名詞か何かの機能語?

wor ?
>対格の後置詞かなあ?

memo of memo


  • 多分ANだよ([hotu mizuda]案件が終わってねえけど、tinetu kamtuだしなあ)
  • 多分SVOだよ(動詞はhyuしか読めてないけどな)
  • 多分Poだよ(SVOじゃn(ry
  • amuは「想う」で、foは「風」と言っているのは信用すべきか(メタだぞ、自重しろふぁふす)

音韻集計

面倒なのでALCIS cloworを使うなどした。

#集計結果
総文字数 1356

A 54
B 11
C 17
D 4
E 24
F 12
G 1
H 17
I 43
J 0
K 16
L 0
M 61
N 55
O 59
P 3
Q 0
R 33
S 23
T 34
U 3
V 3
W 9
X 0
Y 21
Z 1

とりあえず作文したもの




  • Imi minoki hyu fafs. betu-noki hyu fafs. Imi wic hotu mizuda kamtu ns hovirus kamrus.  「我が名はfafs。姓はfafs。我はミズダ王国語の解読を望む。」
  • 2017年10月23日月曜日

    計算機科学者と宗教学者のお話


    "Fal pesta xarzni'arven karfaks lkurf iska cis alte"
    (......Xarzni'arven karfaksasti? Karfaksastan mol fua xarzni'ar......?)
    "Ar, la lex voles afnarylimietj ly ja."
    (Afnaryl......? Harmie "iska"'i l'afnar xarzni'ar'it luson lex lkurf karfaks es dea......?  )
    "Jexi'ert ly! Ni celes arsnuseso pa mi firlex ezonj niv. Mal, mi dira celtern ujul la lexe'l mal niss lkurf xale lkurferl co'st."
    (Velesosti arsnuseso......? Men harmie lkurf sisse's......)

    「その時xarzni'arvenソフトがiskaと言ってさ……w」
    (xarzni'arvenソフト……?シャーツニアーのためのソフトがあるんだろうか?)
    「ああ、それ原因はafnarylだってさ。」
    (afnaryl……?消毒したシャーツニアーが使うとiskaと言うソフトウェアって何だ……?)
    「らしいな、arsnusesさせたけど良く分かんなかったんよね。んで、公式サイト見たらそう書いてたわ。」
    (吐かせる……?一体何の話をしているんだ……)

    2017年2月21日火曜日

    Harkar'd la xetten


     Si lixynon kedokes insirznyken isis cun sysnul es masrin Valentain'd snenik dea. Valentain'd snenik──zuj la lex es sysnul zelx liaxe anniastan'd Fafs falira sashimi nili li tirova'd faijuvelemi fal sinosten stikiesn. Lecu mi plasi Valentain'd snenik. Valentain'd snenik m'es snenik zelx liaoll mian merta harkar'd lersene ysnierler'c, ny pesceler cix es la set. les tojil snenik mile dea! Icve jisesno fua yst ynde! ol retoo fua mi!
     ……Ja, Liaxu mi nat jisesn niv. Edixe jecsuk als Valentain el no dea. Jol wioll feamecie at mi niv icve harkar'd la xetten pa mi letix menass. Ers mena zu sties <<lerssergo lkurftless'it>>e'c. Fqiu liestu io Fafs falira sashimi tathavon lersse lkurftlesse'd Uchinarguchi. Mag, wioxu es site dea! Niejod Lerssergon lkurftless! Niejod jeskasti! Mer, fgir es ete'd la'sci ja.
     Mal, insirznyk io inijulupiass miscaon merta harkar'd la xetten. Fafs ankalef ny la lex pesta tydiestil fua jesnypi'l. <Fqa m'es sisse'd fontlese'd Valentain'd snenik, pestavilo xale jennirka mol fie, fi elx jol wioll mi icve niv la lex pa mi snerien alte.> Ers pestavilo'd jennirka──Edixa la lex es xale kujit. Liaxu mi fea fazan esil io Tomochoko(zu es mertavo mian ler miana'l) es karnicitj. Pesta io loler eo harkenxtarsne……tujanj harken la xetten tejiest melx edixa kuqa veles snojijo miana'c. Mianastan veles jelo knloano'it eo harkenxtarsne fal jodyr ly. Edixu ci es snieist mels lersse ad snenst larta. Xale la lex, eo harkenxtarsne fyrfsykon furnkie larta'd fusaf gelx deliu veles stieso <<harkar'd la xetten>>.
     Mi tydiest el lysted mal xerukes xyvien. Als es celezert pesta kekevil mag farfelon etonon es letiacirste'd velfez adit lkurfo mena'tj, eten fhasfa. Pa, Sysnul es xetten Valentain ja dea do!!! Inijulupiassa'st niv delokon lkurf ny la lex. <Arjer, vydyl mol Valentain'd snenik ti! Deliu mi laozia fua miananfy~~~~>. HARMIE FQA ES XETTEN.
     Mer, Edixa jol la lex xale snalu io ciss laozia harkar'd la xetten ly. Liaxu mi enil io inijulupiastana'sci fahikernes kask zelx edixa ci laozia ly lerj kaska'd sexpar cakirt. Pa, mi l'es fafs falira sashimi vxorlnes niv mal fas melferto fal xyvien. Lirs, mi icve harkar'd la xetten melx wioxa deliu harmie mi es e'i? <Set! Xace, jul mianasti l'es co fuaj!> xale fenklorven lkurferl'i elx cene niv lkurf mi'st dea. Zu, ers JEIE dea. Mi fas lerssergo lkurftless Uchinarguchi fai kanteluesco.
     Inijulupiass ekcergilon furnkie lartmarle. Mi ectinent lerssergo lkurftless gelx edixa larfenkurne pa lior niv snalu. Tismal, snalustan es fai mi. La lex xale iulo melsj mi nasteon tisod niv edixu.
     Panqa'd inijulupia ta mele mi'd nielyp mal lkurf ny la lex.
    "Merc, co karx kask?"
     Mal mi veles xelo cakirtestan. Mi mol xale en limi'l. Mole mi icve kask men? Mi icve kask felx deliu harmie'd murtmir? Deliu edixa mi snojij pesta elx notulesil ci'st. Apasken icve mi's panqa'd kask. Edixa kaskastan m'es doisn mels la pynost, jol ci laozia fua niv mi ly pa mi slaxers fenklorvo ci's. Edixa mi is kysen. Liaoll larta fav niejod mal virot la vynut fal fhasfa. Edixa mi tisodilen pesta io panqa'd inijulupia lkurf ny la lex.
    "Ja, ○○ctor es snenst ja!"

    ……Ers <<SNENSTO>>? Celde agesquiko! Harmie ci niexix? Zu, selene ci lkurf ny la lex. <Je~~~~i moviersti, als fhasfa icve niv eo harkenxtarsne fua co fal Valentainil. Co es nixen etxaata larta dea ja! tea tea tea hah hah hah^q^>.
     XETTEN GERLERGEN ANPISTILNALASTI! Harmie ci es? Deliu ci icve jutu mels Century les demixarle larta. JA, JA, JA! La lex es galifarl iulo. La lexe'scirg'i mi's qune ja do! Pa, mi qune niv ci'd lkurferl fal no at. Ci lkurf la lex fua harmie? Als niv qune.
     Valentain'd snenik es xetten. Virlier l'es coss es XETTEN GERLEGEN ANPISTILNALEN FHIPERRTECAONTIEN NURNVOLDER. RETO COME.

    2016年9月13日火曜日

    犯罪国ショアン、獣人傀儡政権一味への加担に鉄血の制裁

    【レーシア8月21日発共和国中央通信】共和国報道省のスポークスマンは、本日領空境界周辺を飛行していたショアン空軍機二機をファルトクノア空軍機が撃墜したと発表した。
     これはショアン王国に対する感情的な軍の暴走であるなどと、わが共和国を狙ったとんでもないデマが流れているが、精神統制不能と化した犯罪諸国の陰謀的言論は全くの事実無根であり、狂信的獣人思想傀儡政権一味に加担した反革命的帝国主義国家ショアンへの無慈悲な鉄槌であると喧伝した。
      反革命的帝国主義国家ショアンは、我々が国家の統制と惑星スラーン及び大宇宙社会における共和と平安の道筋において、完全なる悪の軸となりつつあるが精神統制不能と化して、正しい物事の理解が出来なくなっている帝国主義の傀儡ショアン王42世は、報道機関を通して「わが国やミルドネジア含むスラーンの諸国のNZWP戦争は世界の終末を早める。」とほらを吹いた。これは、世界的な悪徳者としての犯罪的正体を隠し、我が共和国に擦り付けることによる欺瞞工作に過ぎない。
     街中のファルトクノア人は異口同音に「祖国と連邦を愚弄し、卑屈で屈辱的な態度を表したショアン傀儡一味は死んで当然。共和国はやはり正義の国。」と発言しており、ファルトクノア人民の屈辱を晴らしたファルトクノア空軍の戦闘機パイロット・レイヴァー三等空尉は我等がラヴィル同志に迎えられ、首相官邸にて蒼軍死線健闘勲章を授与された。

    2016年7月27日水曜日

    理語フォネティックコード

    リパライン語の

    フォネティックコード

    を作った。
    主にリパラオネ教の神族、人の名前、一般名詞から取ってきている。

    T hame Tarf
    K hame Keintel
    X hame Xturga
    S hame Skarsna
    Q hame Qerl
    N hame Nakrapt
    V hame Velgana
    F hame Fyra
    M hame Malegerl
    Fh hame Fhasfa
    D hame Dexafel
    G hame Gern
    P hame Polto
    B hame Blirba
    Vh hame Vhenseu
    H hame Haltxeo
    J hame Jungkar
    C hame Carxa
    R hame Restu
    Z hame Zesto
    Dz hame Dzosnir
    W hame Werlfurp
    L hame Lena
    Y hame Yszaplorca
    A hame Ales
    I hame Iuesleone
    U hame Ulastirze
    E hame Eleno
    O hame Olys

    Ph hame philerl/phupurca
    Ts hame tsans
    Ch hame chai
    Ng hame angvirl
    Sh hame shrlo
    Th hame tharmperl
    Dh hame dhafarl
    KH hame khanxas
    Rkh hame va'rkhiny'al
    Rl hame acirl

    2016年7月4日月曜日

    Loznej暫定単語群

    これは古い単語郡です。
    新しいのはこちらを参照ください。

    大きい giji
    小さい navi
    多い dhozu
    少ない munu
    高い ityi
    低い sudu
    美しい minyi
    かわいい minyi
    良い boku
    悪い ranyi
    安い munu
    長い ghari
    短い cetyi
    明るい nenyi
    暗い duzu
    暑い codu
    熱い codu
    寒い piki
    冷たい khiki
    暖かい codu
    ~である celaj
    食べる najaj
    言う salaj
    教える ghanyaj
    行く thakaj
    作る lamaj
    死ぬ dhajaj
    見る fijaj
    書く catyaj
    聞く memaj
    読む dukaj
    押す dokaj
    低く el lonveny(?)
    私 nij
    あなた nor
    彼 lajsi
    彼女 lajsi
    私たち r'nij
    あなたたち r'nor
    彼ら r'lajsi
    これ si
    それ si
    あれ si
    言語 loz
    発言 sal
    呟き sal tityi
    人(民)→吸血鬼? laj
    物 sol
    事 sol
    部屋 mok
    家 geny
    学校 luzhal
    何 khar
    なぜ d'khar
    どうやって el gh'khar
    どこ vekhar
    どれ khari
    いつ khikhar
    感謝 r'dhe(?)
    na 正しい、はい
    ak 違って(動詞と共起)
    vi 鳥(?)
    nej 国民(to laj khanyi munu ak celaj nej)
    tity solkaliの鳥
    solkal(i) kukkaliな事
    r'- 複数
    gh'- ?
    d'- ?
    meny 名前
    niji 私達の
    seji d'~ ~それ自体(?)
    kov d'~ 非~?
    sol celaji ~であるところのもの
    boku n'khi <動詞の修飾形> するより良い
    r'dosol (品詞名?)
    r'do be, cany, dhe, faji, ghalではないもの
    r'kap リンゴ(?)
    el~el 単語の並列
    d' (与格?)
    dhenyaj 分る、理解する
    fam celaj かどうかわからない
    khany 国 国家(?)
    c'pany 日本
    sinyaj 知る、既知である
    avaj 持つ
    khak 牙
    reny 国
    ghal いいえ
    cem 例
    lody 文、一文
    el ~と~、副詞節を作る(?)

    ・意味不明頻出単語
    khavi
    fam : nor ak sinyaj celaj. ak celaj. el nor salaj fam celaj.
    lody
    gh'- sol ranyaji lajruk
    be <動詞> 希求・疑問(?)

    2016年6月22日水曜日

    蒼葵方言例文

    ・原文
    言語は人類にとって文化の産物であり、文化を形成する重要な一部分です。
    言語の多様性が失われるということは、その地方の個々の風土・自然環境などを適切に表現する方法が失われるということにもなります。

    単にその地方の文化が失われるだけでなく、認知科学や自然科学の研究にとっても大きな損害となり得ます。言語多様性の重要性について学び、考え、言語を文化遺産(知的遺産)として認識し、保全して行くことが重要です。

    ・正式表記
    言語ゐ人類しじゃ文化じゃ産物在りゃち、ゐ文化形成しゃ重要え一部分在りゃん。言語じゃ多様性しゐ失ゐことゐ、ゐそじゃ地方じゃそれぞれじゃ風土・自然環境など適切せき表現しゃ方法ゐ失われりこと在りゃん。

    単せきそじゃ地方じゃ文化しゐ失われれだけし終われぬり、認知科学や自然科学じゃ研究ねせも大きえ損害しゐ成れよ。ゐ言語多様性じゃ重要性学べしち、考えしち、ゐ言語、文化遺産ね認識せしち、保全せ在りゃことしゐ重要在りゃん

    ・音声
    http://tts.imtranslator.net/Yv4D

    2016年6月14日火曜日

    アルヒトの銃

    大切に扱っていた愛銃が壊れてしまった。この街では身を守るために銃が必要というのに。護身用の小銃を納屋に置いたままであるのに、昨日鋤を取り出すときに気付いた。夜中銃を愛でていると、撃ちたい衝動に駆られて近所の野良犬を撃ったら狂ってマガジンが空になるまでぶっ放し続け、しまいには銃身がひん曲がってしまった。ああ、お向かいのご近所さんの玄関がボロボロ。まあ、この街ではよく在ることだ。誰の所存など、気にするものは居まい。この街の誰もが言う言葉に次のようなものが在る。

    「銃は消費するものだ。」

    そういうわけで、この街では身を守るために銃が必要なわけだが、わざわざ闇市場まで出て行かなくてはならなかった。面倒だが、命には代えられない。前行ったところと同じところに行くと、店主がにやけ顔で出迎えてくれた。

    「また着たのか。」

    「銃が完全にぶっ壊れちまったから、寄ったんだ。」

    そういういうと店主は笑いそうになるのを堪えながら、店の中に案内した。店の中には凄い数の銃火器が揃えられており、この銃規制の国でどこから仕入れたのか全く分らない銃ばかりだった。
    店主は外国製らしき珍しいフォルムの猟銃を愛で、おどけながら、私にこういった。

    「外国の銃は凄いらしいぞ。リロードしたり、弾を撃つ事が出来るらしいぞ。」

    私も店主におどけながら答える。
    「そうか、それは幾らなんだい?」

    「そんなものはこの国には無いぞ。」
    警官が店の入り口に立っていた。銃を構えて、自分達を威嚇している。店主は怯えて裏口から逃げて行ったようで、自分も急いで裏口から逃げようとする。しかし、その瞬間無慈悲に銃声は鳴ったのである。


    こうして、私は逃げることに成功して日記を書いているわけだが、私が無傷で銃を向けた警官から逃げられた理由としては警官がこの国で銃を撃ってしまったからだろうと思う。